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2025年6月30日
某国 雑居ビルの3階オフィス
古びた雑居ビルのオフィスには、紫煙とコーヒーの匂いが充満していた。薄暗い照明が、所せましと積まれた段ボールと、空きだらけのデスクを照らす。咥えタバコの男はタブロイド紙に目を落としたまま、「ついに、まじめに仕事しに来るのは俺らだけになっちまったか」と口を開いた。
「そりゃそうでしょう」少し離れたデスクに座る女が答えた。女は気だるげに缶コーヒーを傾ける。「世間様のトレンドは『大切な人と終末を』だそうですし」
「そういやお前、カレピはどうしたよ」
「田舎に帰りました。ケッ、あの玉無しヤロウ、愛しい彼女より家族のが大事だそうですよ」
「置いてかれたか。ま、芸能ゴシップ記者の彼女よりか、故郷の家族の方が大事だろうな」
「同じ仕事で嫁さんに逃げられたアンタには言われたくねーっすわ」
タブロイド紙の一面を騒がせるのは、芸能人の不祥事ではなく世界の終わりに纏わる話ばかりになっていた。
『カルト教団、またも集団自殺』『地下シェルター当選倍率1万倍、命の価値は運任せ』『SNSでキャッシュ炎上チャレンジ流行「どうせ紙くず」』―
「にしても、『大統領、宇宙へと脱出か』なんて。流石にバカバカしすぎやしません?」
「いや、各国で似たような噂があるらしいから、あながち嘘ではないかもしれんぞ」
「いや噂じゃん。根拠がないやつじゃん」
「その噂こそ、俺らの食い扶持なんだからよ。『根拠が無いことは、嘘であることの証明にならない』って言っときゃいいんだ。それにな、お偉方が行方知れずになってるのはマジなんだ。宇宙か地下かは知らんが―」
続けかけた言葉を、古びた電話のリングトーンが遮った。男は受話器を取ると、何を言われたか目を見開いた。女は特ダネの気配に立ち上がる。靴紐を結びなおしているうちに、ガチャンと受話器を置く音が響いた。
「行くぞ。大統領官邸前に武装した連中が集まってきてるんだと」
「へーっ、そりゃ大事だこと。置いてかれて不満爆発ってとこですかね」
「噂がマジならそうだろうな。こりゃ、今生最後の特ダネかもしれんぞ」
二人分の足音が、オフィスから遠ざかっていく。消し忘れの薄明りの下、紫煙だけが残されていた。
あなたは命に価値があると考えますか。
等しく平等であると考えますか。順列があると考えますか。
選ばれたとき。あるいは、選ばれなかったとき。
あなたは何を思うのでしょうか。
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