top of page
2025年7月5日
某国 真夜中の海岸
波の音が、静かな夜更けに響いている。どこからかやってきた風が、少女の頬を優しく撫でながら通り過ぎていく。
少女は一人、空を見上げていた。
天の遥か遠く。けれども、火星よりもずっと近く。氷の彗星は太陽の光を浴びて、瞬く星々を霞ませるほどに輝いていた。
死の星は、時をすり減らしながら近づいてきていた。けれども、少女は落ち着いた様子で――どこか恍惚ともしながら、彗星を見上げていた。
「それ、なくても見えるじゃん」
ふいに、少女に声がかけられた。声の主の少年へと、少女はその丸い眼を向ける。
「気づかなかったや。いつ来たの?」
「今。パパとママ、やっと酔いつぶれて寝たからさ。それより、それ」
少年は、少女の隣で空を見上げていた望遠鏡を指さした。
「いらなくない? こんなにはっきり見えてるのに」
「いるよぉ」少女は頬を膨らませた。「彗星の模様は、肉眼じゃ見えないでしょ。これならちゃんと見えるんだよ」
「……おまえ、怖くないの。あれ、数時間後には落ちてくるんでしょ。それで、大洪水が発生するって」
「うーん。そうなんだけどさ。なんだか、怖いより、綺麗の方が勝っちゃって」
それにね、と少女は続ける。
「星の光ってね、うんと昔の光なんだよ。私たちが生きていた光も、いつかずっと遠くの星に届くんだ。そうやって、ずっと遠くの星へ、この星で私たちが生きていた証が残っていく。例え今日、人類が滅んでも、その光は遥かな先に遺るんだー、って。そう思ったら、怖いのは通り越しちゃった」
「さいごまで変なやつだな、お前」
少年は、どこか呆れたように笑った。
「でも、そうなったらいいな」
「そうなるよ、きっと」
二人は並んで夜空を見上げる。氷の彗星は、無機質に二人の顔を照らしていた。
夜明けまで、あと――
終わりのあとに遺るもの。
あなたは、そんな「何か」があると思いますか。
それでも遺したいと願うもの。
あなたには、そんな「何か」がありますか。
bottom of page